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『恋心 koigokoro ボクノオモイ』
#3 ケシタイカコ




 十二月に入ると日に日に寒さは増し、マフラーを巻くだけでは寒さをしのげなくなっている。制服の中からパーカを着こんでいる。
 その姿に母さんはみっともない!と父さんの肌色の肌着をよこしてきた。そんなもんきている高校生がいるかっつーの! 勿論却下させてもらった。着膨れして見えようが、学ランの袖口から裾がはみ出していようがどうでもいい。
 商店街のガラス窓に映る自分の姿に朝のやり取りを思い出した。

 街中はきらびやかな装飾で着飾っているが、どうも俺はそれを両手放しで喜べるという状況ではなかった。大半の学生がそんな気分なんだろう。
 明日から期末試験が始まるため、部活動も一週間前から停止となっていた。これさえ終わればって気分なんだろうけど、
俺の憂鬱はそれだけではなかった。
 マフラーの端をギュッと引っ張りもう一回ぐるりと巻き付け、歩く先しか視界に入らない様に顔半分を埋め込んだ。

「ただいま」

 玄関まで何かを焚き込んだ香りがたちこめている。リビングを通ると、キッチンで夕飯の支度をしている母さんがいつものように出迎える。

「お帰り。外寒かったでしょ?」
「あ…うん」

またジジ肌着のことを言ってくるのか?と思ったが、もうそのことはいいらしい。

「テーブルにおはぎあるから食べていいよ。アッ…手は洗ってからね」

小学生か俺は…。母さんからすればいつまでたってもガキか…。
マフラーに手をかけると、パチパチと耳元で音が鳴ってボザボザの髪が余計に鳥の巣のようになった。
視線をテーブルに向けると重箱に行儀よく並んだおはぎが置かれていた。

「母さん、こんなに沢山作ったの?」

重箱を覗きこんで真ん中のおはぎをひょいっと摘まんだ。母さんは作業の手を止めず淡々と夕飯の支度をしている。

「最近……。かっちゃん来ないね? あの子が来ないと、おはぎ余っちゃうね」

 ポツリとこぼした言葉に口に運ぼうとしたおはぎを落としそうになる。さすが母親…。なにか感づいているのだろうか?

「あ!鳴海ー。おはぎを真ん中から食べないって言ってるでしょ?」

 俺は、煩い小言が始まる前におはぎを一つ口の中へ押し込むと二階の自室へ戻った。

 ベットに寝転がって英語のテキストを眺めているが、全く頭に入ってこない。山川は先週あんなにしつこく俺に執着していたのに、あの日以降まったく何事もなかったかのように接してくる。もやもやとしたものが時どき顔をのぞかせるが、まともに向き合うのが億劫でかえって都合がいいと思っていた。

「鳴海ー。かっちゃんが来たよ」

 一階から母さんの声がした。
 ん?克哉?なんで―――?
 ベッドから少し重たい体を起こしドアノブに手をかけようとしたときドアが開き、制服姿の克哉が部屋の中に入ってきた。



 克哉と俺は、中学からの付き合いになる。克哉は隣町の小学校の出身だ。
 入学してしばらくたった頃、仲間と帰宅途中に商店街のゲームセンターで克哉を見かけた。
 それから、たびたび克哉を見かけるようになったが、毎回違うヤツとつるんでいたので気になって一人でいた克哉に声をかけた。克哉は『家に帰ってもだれもいないから時間をつぶしている』と笑顔で答えた。

 克哉は一人っ子で両親は自営業を営んでおり多忙だった。身の回りのことは、お手伝いさんがいたので不自由はなかったのだが、幼いころから一人で過ごすことが多く寂しさを持て余していた。
 笑顔なのに悲しそうに見えた克哉を放ってはおけず、俺は後先考えずに家へ連れて帰った。克哉は、明るく人懐っこい。そして何より品がある。育ちの良さだ。
 すぐに俺の両親と歳の離れた兄貴に気に入られた。
 中学の三年間の約半分は俺の家で、一緒に夕飯を食べ、風呂に入り、週末には泊っていくという家族同然の生活をしていた。

「珍しいじゃん。この期間にはうちに来ないんじゃなかったの?」

 俺はベッドに腰掛け、ちょっと意地悪く克哉に言い放った。

「うわー。めちゃくちゃかわいくないねー」

 そう言いながらも余裕たっぷりな笑みをうかべている。

「あぁ。俺は男だしな。かわいくねーよ、お前の彼女と同列にすんな」

 克哉はククッと不敵な笑い声をあげた。

「ごめん、ごめん。そうだよね。…でも俺、鳴海を女の子たちと同じだなんて、考えたことなんてないよ」
「当たり前だっ」
「俺の言っている意味分かってる? 鳴海が特別だって言ってんだよ?」
「へ?なん…なんだそれ。意味わかんねぇ」

 軽々しく変な言い方するなよ。時どき克哉は意味深な物言いをする。わざとなのか?無自覚だったら相当立ち悪い。こんな時無性に克哉に苛立ちを感じる。

「用がないなら、帰れ」

 冷たく吐き捨ててつけ放した。
 精一杯の俺の抵抗。みっともないけど克哉の言葉にいちいち翻弄されているのは惨めだ。

「ねぇ…鳴海。英語、分からないところあるんでしょ?どこ?」

 ほら。こうやって状況切り替えもうまい。こいつの危機回避能力はある意味天性だな。克哉はベッドから英語のテキストをとるとローテーブルに広げた。
 幼いころから家庭教師のついていた克哉は、一通りの英才教育を受けて育っている。
 英語に至ってはバイリンガルに近い能力を持っている。


  
****



「やっぱすげーな。克哉とするとはかどるな」
「鳴海が呑み込みがいいんだよ」

 いつもこうやって克哉のペースに物事が進んでいく。自覚はあるが抗えない。
別に抗おうとも思っていない。理由ははっきりしているから、ただ…知られちゃいけないだけ。
 克哉が表情一つ変えず真顔でこちらをじっと見つめていた。思わずその視線に飲み込まれ、考えていることが見透かされているような気がして、俺は視線を外した。

「そ…そういえば、お前ここにいていいのかよ」
「ん?あぁ……。とっくに終わったよ?」
「はぁぁぁ? 何? 終わったって……早すぎないか? 一週間だぞ」

 ローテーブルをバンッと両手でたたきつけた。今までで最短記録じゃねーか。あっさりとした克哉の態度に許しがたい感情が湧き上がる。

「う…ん。ちょっと相性が合わなかったんだよね。躰が…って鳴海に言ってもわかんないか…」

なんだよそれ…この一週間俺がどんな想いだったと思ってるんだよ…。
そんな事克哉の知る由もない事なのに、理不尽な怒りが止まらない。

「心配してくれてんの?」
「だっ誰が!誰が心配なんか。それよりか女の子に同情するよ。おまえ軽すぎ」

 克哉は俺の右腕をつかむと、手の甲を口元に触れるか触れないかのぎりぎりのところまで引き寄せてニッコリと笑った。

「うん……。でもセックスの相性は大事だよ。気持ち良くないセックスはお互い辛いからね。それに、合意の上だよ」

 俺は腕を引き抜くと克哉の胸ぐらをつかんだ。どこから湧き出るのかわからないどす黒く重たい感情が、どくどくと頭にのぼってきた。なのに、克哉は顔色一つ変えず俺の次の行動を笑みを浮かべて待っている。
 いつだってこいつは余裕だ。俺を子ども扱いして、なんでも見透かしたように言いやがって。

「セックス、セックスってばっかじゃねーの。女とみれば見境なく盛りやがって。犬や猫と一緒じゃねーか。もっともらしい言い方したって、だたヤリたいだけだろっ」

 克哉の瞳孔が大きく開き目の色が深く澱みがかった。
 あっ…。言い過ぎた―――?
 と思った時には遅く、胸ぐらをつかんでいた腕をつかまれ、後ろのベッドへ押し倒された。体格差から言って、克哉に組み敷かれた状態は、あまりにも俺は不利な状態だった。

「妬いてんの?」
「なんで、そーなる。お前になんか妬くかっ」

 くすっと鼻で克哉は笑うが、目が笑っていない。俺をつかむ腕にさらに力が入りビリビリと痛みが走る。

「逆だよ。女の子たちにだよ」

 虚を突かれて、全身の血液が顔に集中してくるのを感じた。もしかして、克哉は俺の気持ちを知っているのか?

「どけよっ。気持ちわりーって言ってんだよっ。さいてーだなっ」

 俺は叫ぶことでしか抵抗ができなかった。怒りにまかせて、嫉妬と羞恥の波が体中を駆けめぐるのを罵声を浴びせることで払拭させた。
 ふと山川の言葉が頭に飛び込んできた。


『お前、井上のことが好きなの?』


 ダメだ―――。ダメだ―――。これ以上……。気づかれる。

  フっと体が軽くなり克哉を見上げると、今までに見たことのないくらい冷めた表情を俺に向けた。ゾクッと寒気が走り、全身から冷たい汗が噴き出してくる。この間、井上とのキスを見られた時と同じあの感覚…。

「鳴海…。随分な言いようだよね。人のこと言えんの?」
「え…?」

 克哉はベッドから立ち上がるとキッと唇を噛み、視線を逸らした。

「…なんでもない。忘れて」
「なんだよ。言えよ。そこまで言ってなんでもないってねーだろっ」

 振り返った克哉の顔はひどく歪んでいた。克哉が何のことを言っているのか見当もつかない。言えよと再度繰り返す俺の言葉に無理やり口をこじ開けた。

「…中2の時。鳴海ん家来たとき……見たんだ…」

続きを言いにくそうにする克哉に何を?見たんだよと言おうとしたその時、予想にもしていない事実を突きつけられた。

「たけ兄の彼女と…鳴海が…セックスしているところ」

 えっ。なんで……なんで…。見られていたのか?あの最低な姿を…克哉に……。
 目の前が真っ暗になり、体に鉛を何個も何個も載せられたようにベッドの底に沈んでいくような感覚に陥った。言いようのない苦痛が波を打って腹の底から湧きあがって、体の外に這い出ようとする。
 そうだ……。最低なのは俺だ。克哉に対する怒りの原因は俺なんだ。
 もうずっと前に封印したどうしようもない過去。理由はともあれ好奇心を止めることが出来ずセックスの快楽に溺れ、心はなくても深みにはまってしまっていた。そんな醜い昔の俺の姿と克哉をすり替えて勝手に想像していた。

「か…克哉……。あ…あれは……」
「ごめん。鳴海……。こんな事いまさら言うつもりなかったのに」

 克哉は手で顔を覆い表情が見えない。
 言わなきゃ。なんでそんな事になったのかを言わなきゃいけない。そう思えば思うほど、喉に力が入っていまい声がうまく出せない。

「克哉……。俺…」
「帰るね…。明日、試験だし。今日やったところ多分出るから、もう一度見ておきなよ」

 克哉は俺を見ることなく、言葉だけを置いて部屋を出て行った。
 俺は絶望の淵から一気に奈落へと突き落とされた。元々この想いに希望なんてないし寄り添える未来もない。

 もう……どうでもいい……

 その晩俺は、胃の中も涙腺も空っぽになるまで吐きつづけた。



*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..



最後まで読んでくれてありがとうございます
よろしければ、また明日♡






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