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  カーテンの隙間から漏れてくる外気が顔をかすめ、冷たさで目が覚める。結露した窓からは外の様子がうかがえないが、その明るさから夜が明けたことは確認できた。

 人は肉体が精神を超えると痛みを感じなくなるという話を聞いたことがあるけど、この事なんだろうか。まさか身をもって体験できるとは思わなかった。昨日の夜は苦しくて、痛くて、どうしようもなかった身体がすっきりと軽くなっている。
 昨日のことは実は夢だったんじゃないか……。と思ったが鏡の中の俺の姿がちゃんと現実を突き付けてくれた。

 ひでぇーなぁ……コレ……。
 対面する姿は、目のまわりが真っ赤になって浮腫んでいる。軽く指でなそってみたらヒリヒリと痛んだ。眺めていても仕方ないので素早く身支度を始めた。


 玄関を出ると、完全武装しているにもかかわらず寒い。マフラーで口元を覆っているが、隙間から漏れる息が白く目の前を覆う。むき出しとなっている顔と耳に外気の冷たさが容赦なく突き刺してくる。
 そんな痛みも苦痛というよりむしろ快感に近い。気が滅入って崩れそうになってしまう俺の身体を押しピンがしっかりと固定してくれているようだった。

 教室に入ると、さすが期末試験とあっていつもと雰囲気が違う。互いに問題を出し合ったり、一人自分のまとめたノートを確認したりとそれぞれが試験に備えている。
 そんななか、一つの人だかりにがある。中心は克哉だった。
 英語の試験があるときは、もう恒例の光景だ。俺は自分の席に着くと窓の外を見るふりをしながら、意識は克哉を捕らえていた。

「よう」

 山川が軽く手を上げ自分の席に鞄を置くと俺の前の席に腰を下ろした。

「相変わらず、井上…モテるな~」
「そうだね」

 口を開くのが億劫で、視線の先を変えず窓の外を意味なく見つめる。俺の視線を拾うように山川が覗き込んできた。

「…お前。もしかして、一夜漬け? 目の周りひでーぞ……。あっ」

 山川は何かを感じ取ったらしく、自分の口に手を当て目を一回り大きくさせた。思いのほか山川の声は教室中に響いた。今の克哉に聞こえたんじゃないか? と思ったが、人の事を気にしている余裕なんてまわりの連中にはない。

「はっ…。俺、今回ちょっとヤバイからな…。オールはきついね」

 何とか苦し紛れのいいわけでごまかしてみたが……かなり厳しい。軽くなったと思った身体が急に重みを増してきた。
 山川は「あんま、無理すんな」と軽く肩を叩いて席に戻った。



     *



 試験も終わり、あとはライブまで練習に打ち込める自由の身となった。相変わらずあの日以来、克哉とは口をきいていない。
 俺の身体はぽっかりと穴が開いて、大切なものを落っことしてしまったようだった。こんな状態でも、日常は容赦なく落ち込む隙を与えない。気持ちと身体がバラバラであっても、まだやらなければならないことがあるだけマシって思えた。


 放課後練習に向かう。廊下から見下ろせるグランドからは運動部の掛け声が響いて本来の活気を取り戻していた。部室には山川だけしかいなかった。


「ほかの奴らは?」
「ん。楽器屋に行くって言ってたから今日は、個人練習。っつても、俺らしかいねーけどな」

 山川はギターを磨いている。練習がないのなら帰ろうか。と思ったけどそれは山川に悪いような気がして、無造作に寄せてある机に腰を掛けた。

 グランドから響いてくる声はお互いの沈黙をさらに助長させた。何か言わなきゃいけないだろうと余計な緊張が続く。フッと聴き込んだメロディーの鼻歌が流れてくる。ライブで演奏する予定になっている俺の作った曲だ。傾きかけた太陽の光が部室内に入り込んで、俺たちの顔をオレンジに染めた。


「なぁ。井上と何かあった?」

 沈黙の均衡をぶったのは山川だった。

「べつに……」

 いろいろと気づかれている山川に、こんな態度は今さら無意味なことは分かっているが、俺の張りつめた精一杯のプライドが虚勢を張った。

「べつにじゃないだろ? あいつ女と別れたんじゃねーの? なのにお前のとこ来ねーじゃん」

「また、新しい子ができたんだろ。つーかさぁ…俺らいつも一緒ってわけじゃねーし…」

 山川はちょっと大袈裟に笑い出した。磨いていたギターをスタンドにかけ、こっちを見据えてた。

「なっ…何がそんなにおかしいんだよっ」

「のじま~。おまえさぁ、ホントに自覚ねーの? それとも気づかれてないと思ってんの? まぁぁ…俺もだけどさぁ、メンバーの奴らもみんな心配してるわけよ。お前、ここんところずっと泣きそうだったから」
ジリジリと山川が近づいてくる、逃げ出すことは許されないと追いつめられていった。そして、決定的なひと言を言い放った。

「ほら…あの曲だって…。あれだろ? あいつのことじゃねーの」

 ちょっ…ちょっと待て。全身の毛穴からドッと汗が噴き出して、脈拍がどんどん加速していく。
 バレてる??

「メンバーが気づいてるって…。はぁ? 心配って何だよっ!」

 山川はそっと俺の両肩に手をのせ落ち着かせるような仕草をして、俺の頭をクシャクシャひと掻きした。俺から視線を外しポツリと語り始めた。

「これでもさぁ。俺ら2年近く一緒に同じ事してきてんじゃん。
 お前らすっげー仲いいし、なんとなーく気づいたわけよ。それに、お前自分の恋バナとかしねーし…。言えねーんだろーなって…。佐伯達も最初は『ありえんだろ』なんて言ってたけどね。
 まぁー。お前の歌詞見たときさぁ、べつに普通なんじゃんって、……ただ…ちょっとツレーよなぁ……」
「普通とか、辛いとか…。何だソレ……」

 そんな…簡単に受け入れんなよ。

 認めてしまえば、溢れ出して止まらなくなる。体中が震えだして、腹の底から言いようのないものが這い上がって吐きそうになった。とっさに手で口を覆ったが、隙間から嗚咽が漏れる。目の前の山川がじわじわとぼやけた。

「わ…わりぃー。泣かすつもりじゃ…」

 あわてて俺の肩をつかむ山川に「お前のせいじゃない」と声にならない思いを込めて首を振った。山川の肩に体を預けた俺は、小さい子供をあやすように宥められた。

「俺、べつにお前のこと変とか思ってねーから。マジ人を好きになんのって、あんま理由とかねーし。だからさぁ、前に野島にキスしたのも、泣きそうなおまえがかわいいとか思っちゃったのは、けっこうホントのことなんだよね」

 思わず顔を上げ山川を見た。

「悪かったな…。井上に誤解させて」
「いっいや…誤解も何も…アイツは…俺のことは……そういう対象じゃねーから」

 山川が突然グイッと力を入れて肩を引き寄せた。

「い…痛っ。なに…」
「…っなぁ。ほんとにそう思っての?お前、ちゃんと井上に言えよ!」

 手首を強くつかまれて、振り払うことができない。
克哉に言う?何を?……。あの女の子たちみたいにか?言ったところでどうなるっていうんだ。

 ガタン!!

 ドアを殴りつけつ大きな音がした。とその瞬間、体が弾き飛ばされた。

「痛ってぇ―――!」

 山川が大声で叫んでいる。目の前で大きな影が山川に覆いかぶさった。

 克哉――――!


「ってめーっ。なにしてんだよっ。ふざけるのもいい加減にしろよっ」

 ものすごい形相で克哉が山川に殴り掛かった。俺は背後から克哉を必死に抱え込み引き剥がそうとした。

 「克哉―!克哉!何もしてねぇーよ。山川は何もしてねーって!」

 山川は倒れこんで切れた口元を抑えている。息が上がり肩を揺らす克哉は、咎めるような視線を投げつけていた。

「俺の話を聞いていてくれただけだから…」

 山川は起き上がり鞄を手に取ると、すれ違い際に克哉の胸にこぶしを当てた。

「あんときのこと、これでチャラな」

 そう言うと笑顔を俺に向けて部室を出て行った。

 しばらく俺たちは黙り込んでいた。俺は、何か言わなければと思うのだか、何を言えばいいのかわからなかった。
 克哉は俺に背を向けたまま、まだ握りしめたこぶしに力が入っているのか腕を振るわせている。

「か…かつや…。……ご…めん」

 とにかく、この間の事は謝らなければと思った。だけど、これ以上言葉が見つからない。

『お前、井上にちゃんと言えよ』

 そっか…肝心なこと避けようとするから、言葉がないのか…。中2の時のことも…この想いも…。ちゃんと克哉に言わなきゃいけないのか。俺は、まっすぐ克哉の背中を見つめた。その表情は見えないが、決心が崩れてしまわないようしっかりと見据えた。

「克哉…俺さぁ…。お前に聞いてほしいことがある。今度の金曜日のライブ…来てほしい」
「………」

 返事はない。当たり前か…。今更都合がよすぎるって話だよな。でも、それでも克哉には聴いてほしい。俺が今まで思ってきたこと、このまま終わってほしくはない。克哉の腰に回した腕にギュッと力を加えた。

「克哉……」

 力の入った俺の手に克哉の手がそっと重なり、ゆっくりと手を解き振り返った。克哉の眼に揺れる俺の姿が映り込んでいる。今にも崩れて零れ落ちそうだ。

「…言われなくても、行くつもりだったよ」
「ライブの後……。全部…話すから」
「鳴海を待つのは慣れてるよ。…帰ろう?」

 俺たちは久しぶりに一緒に教室を後にした。




*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚゚


昨日はすみませんでした。

不慣れで読みにくいところもあるかと思いますが
少しずつ改善していきます。


最後まで読んでくれてありがとうございます。
よろしければ、また明日




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